13年ぶりにマンガを描いた

最終更新: 5月26日




13年ぶりにマンガを描いた、その顛末(てんまつ)について。



ふたたび、「楽しいこと」として


昨年(2018年)のある時期から、「もういちどマンガを描いてみたい」という思いがちょっとずつ湧いてきていました。


私は小学生のころからマンガを描いていて、大学時代には漫画研究会に所属していました。


初めて投稿したのは中学2年の春、週刊少年ジャンプの「ホップステップ賞」でした。書くまでもありませんが、ボツでした。


二度目の投稿は21歳のとき。大学卒業までに一度、と思い、愛読していた『月刊アフタヌーン』の四季賞に投稿しました。なんと準入選して作品が雑誌に載りました。


その後、大学を休学したため漫研に行きづらくなりました(笑)が、漫研時代の先輩が一緒にサークル(同人)を組んでくれて、同人誌を作ってはコミケやコミティア(同人誌即売会)に参加していました。その活動は、私が愛媛で就職した年まで続きました。それが13年前のことです。


それ以後わたしは仕事に没頭することとなり、マンガを描くことはなくなりました。読むことすら段々となくなっていきました。


久し振りに漫画喫茶に行ったのもつい最近になってのことです。


(関連記事:元漫研が久し振りに漫喫に行った話


そんな私が、昨年になり、もういちどマンガを描いてみたくなったのです。


それは、「生きづらさ」からのリカバリー(回復)作業の中で、「むかし素直に好きだったことや楽しく感じたことをやってみる」ということに取り組んでいた、その一環としてでした。


私にとって「もういちどマンガを描いてみたい」は、「もういちどマンガを描くことを好きになってみたい」ということを意味しているような気がしていました。


もういちど、「楽しいこと」としてマンガを描いてみたい。


私の中には、そんな奇妙な思いがありました。



漫画空間へ


「自分とマンガ」みたいなことをもういちど考える中で、漫画研究会や先輩の存在がとても大きかったことに気がつきました。


読者、ライバル、仲間(そして、締切)。そういう存在があって初めてマンガを描く意欲が湧く、そんな自分がいたのです。


ということで、私は「大人の入れる漫研」のようなものを探しました。


これが、私に合いそうなものはなかなか見つかりませんでした。私の作風はいわゆる青年マンガ風のオリジナル作品で、既存作品のパロディ(二次創作)のようには「仲間」を見つけづらいのです。


いろいろ検索しているうちに、私は「『漫画空間』に行ってみようかな・・・」と思い至りました。


漫画空間」というのは、名古屋大須を歩いたことのある方なら皆さん何か気になっている存在であろう、あのお店のことです。


漫画空間のサイト(外部リンク)


店舗外観の写真を撮ってなかった^^;

「漫画空間」は、平たく言うと「漫画を描くスペースのある漫画喫茶」です。


私も10年以上ずっと気にはなっていたものの、勇気がなくて、入ったことはありませんでした。


今回、ちょっと勇気を出して足を踏み入れたその空間は、懐かしい漫画研究会の部室のようでした。


見覚えのある画材たち。マスターに原稿を見せに来るお客さん。これまでお客さんが描いた作品の数々・・・。


お客さんが描いた作品(の多く)は、もちろんプロレベルではありません。


でも、大人になった人が漫画家になるでもないのにマンガを描き続けている。


漫画家になるでもないからこそ、すごく自由に。


そのことに私は感動しました。なんだか楽しそう


以前マンガを描いていたとき、いつしか私は上手に描くこととか賞をとることとかにフォーカスしてしまっていました。制約ばかりが増えて、マンガを描くことが苦しくなっていたのです。


こんなに自由に描けたらどんなにいいだろう。私は再びマンガを好きになれるかもしれない。「漫画空間」で、私はそう思いました。


ラッキーなことに、漫画空間では年1回発行する同人誌のための作品を募集中でした。参加費を払えば誰でも掲載してくれるとのこと。


まるで漫研の部誌のよう。私はその同人誌「コミックスペース vol.8」に寄稿することにしました。紙数は8ページ、締切は2019年1月末(2ヶ月後)です。



たけうちふゆひこ先生の最新作が読めるのは「コミックスペースvol.8」だけ!w


2002年に賞をいただいた作品の、16年後を描こう。私はそう思いました。



10年以上もの間、直視できず段ボールの中に封印していた。

あのとき以来、私の身の上には、良くも悪くも信じられないようなことがたくさん起こりました(しでかしました)。激動。嵐。それが、またこうしてマンガを描こうなどと思えるようになった。そのミラクルな16年への思いを作品に投影してみたいと思ったのです。


私は2002年の作品のキャラクターたちがいま何をして生きているかを考え、iPhoneのメモ帳にシナリオを作ってみました。各々にいろいろあったけど、みんなそれぞれに生きていて、とてもいい話になりました。


ところが、いざネーム(絵コンテのようなもので、下描きの下描き)を描いてみようとすると、まったくと言っていいほど手が動かなかったのです。「コマ割り」と「一コマごとの構図」とを、脳が並行処理できなくなっているようでした。これが13年のブランク・・・。


ということで、私はマンガを構成する要素(コマの変化、キャラクター作り等)の多くを省略して、シンプルに、自分を主人公にしたエッセイ4コマ漫画を描くことにしました。「13年ぶりにマンガを描いてみた」というそのこと自体を作品にしたのです(ストーリー漫画ばかり描いてきた私にとって、エッセイ漫画や4コマ漫画は、いつか描いてみたかったジャンルではありました)。



ペン入れ終了後の原稿

消しゴムをかけベタとホワイトを入れた。セリフを貼ると完成。

「描いてみてどうだったか」が作品になっているので、それをここでは書きません。作品を読んでみたいと思っていただいた方は、ぜひ大須「漫画空間」で「コミックスペースvol.8」をお求めください。あるいは私たちの「おうち」にいらしたらお読みいただけます。「おうち」には生原稿もありますし、2002年当時の受賞作も読めますよ(笑)。




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