問題を解決するより対話で「解消」させよう

最終更新: 5月26日


メニューのお悩みを”他者”に相談する妻(2016年末、香港にて)


こんにちは、ふゆひこです。


いま、『対話のことば』をちょっとずつ読んでいます。



この本は、『オープンダイアローグ』を「対話」たらしめている要素を抽出し、30個の「ことば」にまとめたものです。


ひとつの「ことば」について見開き2ページが使われており、左ページにイラストや論文からの引用が、右ページに解説文や応用できる場面が書かれています。


「対話」と「会話」はどう違うんだとは、よく訊かれることです。


うまく答えることの難しいこの質問に、これら30個の「対話のことば」たちが応答してくれているような気がします。


これからときどき、一つ一つの「ことば」について書かれたページを読んで、思ったことを書いていきたいと思います。


今日の「ことば」は「多様な声」です。



自分を深く掘り下げなくてもいい?


「多様な声」について書かれた文章の中で、私にとって特に印象深かったのは以下のくだりです。


一人ひとりの《体験している世界》を深く聴いていくことは大切ですが、それだけでは問題について理解を深めたり、それを解消したりすることはできません。
参加しているそれぞれの人が、《多様な声》に触れることで、より広い文脈で物事を捉えることができるようになり、自分の《体験している世界》の袋小路から抜け出すことができるのです。

私たちは「生きづらさ」を個人的な悩みとしてとらえがちです。


その解決も個人の内側を掘り下げていく作業になりがちです。カウンセリングやトラウマ治療がそうですね。旅に出たり座禅を組んだりする方もいるでしょう。


それらはすべて、「問題」を個人の内側にあるものと考えるがゆえの、個人的な解決作業です(私はこれらを「ソロ活動」と呼んでいます)。


ところが、その作業はしばしば「袋小路」に行き当たります。


カウンセリングを受けても受けても元気にならない。


旅ゆけど旅ゆけど、どこにもたどり着かない。


そんなとき、他者のもたらす「多様な声」が、「個人的回復という袋小路」から抜け出すのを助けてくれるというのです。


私はこのくだりを読んで、ある体験を思い出しました。


ヘビーな内容ですが、以下書いていきます。



「たかが卒業できないだけ」で死ぬ必要はなかった


22歳の冬、私は一人暮らしのアパートで自ら命を絶つことを試みました。


運良く一命を取りとめた私は、最終的に実家に連れ戻されました。


私が「死のう」と思った理由は、就職が何とか決まったものの卒業論文にまで手が回らず、卒業が見込めないと思ったからです。


卒業論文は締切が日一日と迫っていましたが、完成の目処は立っていませんでした。そして、当時の私にはそのことを相談できる相手が一人もいませんでした。


書きかけの卒論も、担当教官に一度も見せていませんでした。テーマについて相談に行ったことすらありません。


私は西洋哲学を専攻していました。しかし「研究室」というものには授業以外ではほどんど顔を出したことがなかったため、「哲学の卒論」というものをどのように書いたらいいのかについて、教員や先輩から情報を得ることがありませんでした。


私は「哲学の卒論を書くには外国語の原書を読まねばならないのではないか」と推測していました。


そうだとすると、期限まで残り数日でフランス語をマスターしなければなりません。冗談みたいな話ですが、私は本気でそう思い、追い詰められていました(私の取っていた第二外国語はドイツ語でしたが、卒論で言及しなければならない哲学者はフランス人でした)。


就職は、父親と同じ市役所に決まっていました。このままではそれも破談になってしまう。


全てが破綻してしまうと思いました。


卒業できない、就職できない、イコール、破滅。


こんなことが発覚しては生きてはいけない。


死ぬしかない。


そのときの私はそう感じ、そのとおり実行しようとしました。


それが私の「袋小路」でした。


私が一人で考えた「袋小路から出る方法」は「数日でフランス語をマスターして卒論を書き上げ、卒業し就職する」というものでした。


それが唯一のアイデアでした。


「なるほど完璧な作戦っスねー、不可能ということに目をつぶればよ-」という某マンガの台詞が思い出されます。


一命をとりとめて実家に連れ戻されたとき、不思議なことに私は生きていました。


死ななければならないはずなのに、生きるのを許されていました。


私は、このような状況になったからには生きていてはいけないと思いこんでいました。しかし、私は着るものと食べるもの、それから寝床を与えられていました。


少しして、私は気が付きました。


「え?」


「卒業できなくて就職ダメになっても、生きてていいの!?」


私は思いました。


「えーーー!!知らなかった!!!」


「早く言ってよーーー!!」と思いました。


安心した私は「たかが卒業できないだけで死のうとしちゃった!」と言いました。


このときは、親という「他者」が、私には思いもつかなかった「第3の解決策」をもたらしてくれたわけです。


「数日でフランス語をマスターして卒論を書き卒業&就職」でも「死ぬ」でもない、「留年して生きる」という解決策を。


これは自分一人で考えていては絶対に出てこない解決策です。


私から見た世界では「卒論ダメ+就職ダメ=死ぬしかない」だからです。


しかし、他者から見た世界では「卒論ダメ+就職ダメ=留年してやり直せばよい」なのです。


もし事前に「他者」と話をすることができていたなら、そもそも私は数日でフランス語をマスターしようとも、ましてや死のうとも思わなかったわけです。


だって、その必要がないんですから。


問題そのものが存在しなかったことになります。


解決する必要もなかったのです。


だって、問題が存在していないんですから。


その後、私は休学ののち復学し、卒論を書き上げて卒業しました。



ふだんから「多様な声」に耳を澄ませて


「多様な声」のくだりから、私は22歳の冬のエピソードを思い出しました。


「多様な声」という「ことば」は、一人で考えず他者に相談してみることの大切さを説いているような気がします。


私は、大学の教官や親にもっと早く相談(SOS)を出すことができていれば、自らを命の危険にさらさずに済んだわけです。


では、どうして私は他者に相談できていなかったのでしょうか。


なぜ「他者には相談できない」「一人で解決するしかない」「卒業できないなら死ぬべし」というルールを忖度し、「袋小路」にはまってしまったのでしょうか。


なぜ私の親は「留年しても死ぬことはない」という世界を、私と事前に共有できていなかったのでしょうか。


それは、ふだんから「対話」をしていなかったからです。


対話をし、お互いが本当は何をどう考えているかをこまめにオープンにし、知り合っておかないと、子どもは親の気づかぬところ(心の中)で「卒業できなかったら生きていてはいけない」という信念を形成したり、「そういう事態になりそうということを相談することも許されない」というルールを誤学習してしまうことがあるのです。


(親からしたらびっくりですよね。)


家庭というものは親という大人を中心にして形成される集団であり、その中で子どもの発する声は小さく、不合理に聞こえることもあるでしょう。家族は価値観の相違を超えて「一つ」であるべきとする風潮もあります。


しかし、たとえ小さく、理解し難くとも、子どももまた家族を構成する「多様な声」の一個です。


その小さくも多様な声が「ありのまま」尊重されるコミュニケーション=「対話」が、家庭生活の中でもなされることを願ってやみません。



*****


「多様な声」という「ことば」から連想してつらつらと書いてみました。

読んでいただいてありがとうございます。


明日も楽しいことうれしいこといっぱいあるといいですね!



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