サイレント・プロシューマ(仮)について

最終更新: 5月26日


コタキナバルへ向かう飛行機から見えた夕日(2016年6月)

「MeToo」(ミートゥー)という運動があります。


「実は私も」というような意味です。


セクハラ被害を受けても黙っていざるを得なかった女性たちが、「私もされてた!」と声をあげ連帯することで社会の現状を変えようとするムーブメントのことです。


私にも、ずっと「Me, too!」と言いたかった(けど言えなかった)ことがありました。


それは、自分が精神保健福祉士でありながらアダルトチルドレン(AC)で、ともすればひきこもってしまいがちで、精神科のお薬を飲んで「患者さん」だったことがある、ということです。



「当事者がうらやましい」


日本の精神保健の世界では、10年くらい前から、いわゆる「当事者」たちが自分たちの体験を公に語るようになってきました。


当事者のことは当事者がいちばんよく知っている。


当事者を当事者が支援する。


当事者同士は「ピア(対等な仲間)」と呼ばれ、当事者が行う当事者支援「ピアサポート」は、次代のスタンダードになりつつあります。


当事者が医療機関や相談センターに雇用され、職員として支援にあたる「ピアスタッフ」も生まれ、各地で増え続けています。


ひきこもり支援でも同じような傾向が見られますね。


私は、そんな「ピア」の時代の到来を喜ばしく見つめながらも、こんな気持ちが自分の中にあるのを感じていました。


「・・・う、うらやましい!!」



あなたの隣にも「隠れ当事者専門職」が


前回の記事でも書きましたが、人の話を聞いてばかりいた「支援者としての私」には、当事者としての自分のことを語りたいという欲求が強くありました。


しかし、専門職として働いている手前おいそれと自分の当事者性をオープンにしてよいはずがありません・・・。


と、私はずっと思っていました。


多くの専門職の方々も、そういう常識や文化をお持ちなのではないかと思います。


「それが専門性というものだ」とおっしゃる方もおられそうです。


私の経験では、精神保健医療福祉の専門職にとって「実は自分も当事者である」ということは、けっこうスキャンダルです。


「自分のこころの課題もクリアできとらんのに人様の支援などと、笑わせるな!」


「職場内に”患者さん”がいると、滅多なこと言えないし、やりづらいよね~。」


上司や同僚、他機関の同業者からそんなようなことを言われるのではないかと、私は勝手に怯えていました。


というのは、私の経験では、専門職は患者さんやご家族のことを、彼らのいないところで、ああだこうだ言うのが日常だからです。


同時に私は、「何で皆、こんな支援すんねん!患者さんの気持ちが分かっとらん!!」とも思っていました。


しかし、「どうしてそう思うの?」と尋ねられたとしても説明することができません。


なぜなら、答えが「私も患者さんだから分かんねん!」だからです。


ウルトラマンにたとえると、「わし実はウルトラセブンだから透視できんねん!そこに宇宙人おるで!」と言い出せないモロボシ・ダンのようなものです。


私みたいな「隠れ当事者専門職」が、実はけっこういるのではないかと、私は思っています(そう、みなさんの隣にも・・・笑)。


私は、そんな「隠れ当事者専門職」に、とりあえず「サイレント・プロシューマ」と名付けることにしました。


「サイレント」は、自分が当事者であることを黙っているから。


「プロシューマ」は「producer=医療福祉サービスを提供する側」と「consumer=そのサービスを使う側」のどちらでもある、という意味。


「ピアスタッフ」も「プロシューマ」の一種ではあるのですが、私の考える「サイレント・プロシューマ」とは異なります。というのは、現在の「ピアスタッフ」は「患者さんが公に職員になった」ものである一方、「サイレント・プロシューマ」は「実は患者さんでもあるんだけど伏せて職員やってます」という感じだからです。


私は、この「サイレント・プロシューマ(仮)」が「Me, too!」とカミングアウトして、医療や福祉の現場で働ける日がくればいいなと思います。そうすれば、医療福祉の現場の文化や雰囲気が内側から変わるのではないかと考えるからです。



関連記事:サイレント・プロシューマ(仮)の苦労


次の記事を読む:ひきこもりには216パターン以上ある


前の記事を読む:「聴く」練習と「語る」喜び

オープンダイアローグ夫婦のダイアロジカル生活ラボ

運営:合同会社mina

458-0820 名古屋市緑区鳴海町境松二丁目341番地

ヤマサマンション302

© 2018-2020 合同会社mina