身体疾患が家族関係に与える影響

最終更新: 5月26日


義母の墓参の道中(2018年4月)

こんにちは、ふゆひこです。今日も読んでいただいてありがとうございます。ようやく導入したエアコンのおかげでリビングでパソコン仕事ができ、非常に快適です(これまでは寝室に避難していました・・・)。


今日は身体疾患が家族関係に与える影響について考えてみたいと思います。



「生きづらさ」は自己責任ではない


私は「生きづらさ」を抱える人が楽に生きられるようになるといいなあという願いや、楽に生きられるようになるよ!という信念(言い換えると「希望」)を持ってこのブログを書いています。


人が「生きづらさ」を抱えるのは、「ほんとうのわたし」を無視したり見失ったり、あるいは否定したりして生きているからです。


しかし、それはその人自身のせいではありません。


周囲の環境やいろいろな事情によって、そうせざるを得なくなっているだけです。


いまその人がどんな姿であれ、それは置かれた環境で必死に頑張って、ベストを尽くした結果です。


傍から見て「もっとうまくやれるのに」と思えたとしても、それは、その人の置かれてきた状況が周囲の想像を超えて過酷であるにすぎません。



「生きづらさ」の生まれる場所


人間が生き延びるために「ほんとうのわたし」を無視せざるを得なくなったり、見失ったり、否定したりせざるを得なくなる状況や場所、タイミングは、大まかに4つあります。


そして、ひきこもり支援ではこのうち3つに焦点が当てられているように思います。


家族学校、そして職場です。


ひきこもりやアダルトチルドレンの理解でよくあるのは、以下のような図式です。



原家族との関係に葛藤がある/原家族が機能不全


→「ほんとうのわたし」をじゅうぶんに(無条件に)肯定されたり受容されたりできなかった


→そんな状態でも無理をしてがんばって来たが


→学校や職場で力尽きる



ここで陥りがちなのが「何でもかんでも家族が悪い」という理解の仕方です。


確かに、ひきこもりやアダルトチルドレンは原家族の機能不全や親子間の心理的葛藤を経験しています。


ですが、いっけん「ひきこもり」や「アダルトチルドレン」の”原因”のような「家族の機能不全」や「親子間の心理的葛藤」にも、それら自体に、さらなる原因が存在することがあります。


つまり、人が「ほんとうのわたし」を見失うことになる場所が、家庭や学校、職場の他に、もうひとつあるのです。


それは「身体」です。



あたたかい家族に生まれても、家族に複雑な思いを抱えることがある


私の妻の話をします。


妻は生後間もなくから重度のアトピーを抱えて生きてきました。ほどなく、そこへ重度の喘息も加わりました。


妻は「誰にも分担してもらえない」かゆみを少しでも和らげようと皮膚をかきむしっては血だらけになり、さらに「息ができるだけで御の字」の毎日を生きていたそうです。


そんな妻を支えてきたご両親は、とても温かい人たちです。そのことは妻の心の基本的な健やかさが証明しています。


アダルトチルドレンである私に比べると、妻の精神的な健やかさや安定感は「わしらはほんとに同じ人間なんか・・・」と思うほどです。


妻と出会って、明確な愛を与えられたことで、私の回復は軌道に乗りました。


また、妻の実家に行くにつけ「ああ、これが家庭というものか・・・」「これが団欒か・・・!」という思いに、私は胸が熱くなります。


妻の母を思うと、小春日和の陽の光に見守られているような「おかあさん」という感じがホンワカと胸のあたりに湧いてくるのを感じます。


そんな温かい家庭に育った妻が抱えている「生きづらさ」は、妻によれば「アトピーとの関係」によるものだそうです。


アダルトチルドレンである私が「ほんとうのわたし」を見失うことになった場所は「家族」でした。それが、妻にとってはアトピー、つまり「身体」だったというのです。


「家族」とは異なり、「身体」は「わたし」の一部です。それなのに、その「身体」が「わたし」自身を苦しめることがあるのです。


「普通に生きることを許さないよ」というメッセージを、自分の「身体」が発するのです。


身体(アトピー)との関係に起因する「生きづらさ」は、やがて妻の家族(特に母親)に対する思いに影を落とし始めます。妻は「分かってもらえない」という気持ちを家族に対して抱き始めたというのです。


なぜなら、妻の「身体」に起きている凄まじいほどの痒みの感覚は、それが「妻の身体」に起きている以上、他の誰とも共有不可能だからです。つまり、原理的に「家族にも分かってもらえない」ものなのです。



「身体性」のひきこもり


妻のようなアトピー当事者や、慢性疲労症候群などの身体疾患を持つ方は、「かゆみ」や「だるさ」などの「身体感覚」を通じて、自分自身の身体から自分の存在(生)を否定されるような感覚を持つことがあるようです。


身体のご病気を持つ方は、日々、自分自身の身体との”孤独な格闘”を戦っています。


そのうえで、さらに、学校や職場で「普通」であることを要求されたり、そこから外れることへの迫害にさらされたりします。


ですから、ご家庭がもともと愛に溢れていても家族に対してやり場のない怒りを向けざるを得なかったり、力尽きてひきこもったりする方が出てくるのです(私も何人か担当したことがあります)。


このような「身体疾患に起因するひきこもり」については、厚生労働省が作成した支援ガイドラインにも記載がありません。


1次的な精神疾患(統合失調症など)や発達障害がない場合、家族との心理的葛藤からひきこもっているタイプと見なされることが多いように思います。


これは、上記の妻のように、身体感覚的な症状を「わかってくれない」家族に対する「失望」から家族関係がよくないように見えてしまうためと思われます(もちろん、ご本人とコンタクトが取れず精確な情報収集がしづらいという側面もあります)。


私などは、アダルトチルドレンという出自のせいで、ついつい何でもかんでも家族関係に原因を見出したくなってしまいます。


外国のことわざに「金槌しか手にしたことのない者にはすべてが釘に見える」というのがあるそうですが、まさにそんな感じです。


しかし、「身体」性のひきこもりの方に「わかるよ、ご家族と何かあったんだよね」等と働きかけたり、あるいはその親御さんに「あなたの生き方に改善すべき点があったのでは」などと「カナヅチ」を振るうことは、ただでさえ共有困難な苦しみを抱える当事者たちにさらなるショックを与えることになります。


”支援者”ですら分かってくれないのか、という絶望感を。



まとめ


「生きづらさ」を抱えることになった「原因」として分かりやすいのは、家族・学校・職場です。そこでは「普通」が優先されがちで、「わたし」が否定されやすいからです。


「わたし」を中心に同心円を描いたときに、近い方(出会うのが早い順)から順に、家族→学校→職場となります。そのため、さかのぼると家族に全ての原因があるように見えるかも知れません。


しかし、このとき、あんがい見落としがちなのが私たちが家族よりも早く出会う存在=「身体」です。


この「身体」が私たちの人間関係に与えている影響について、いちど振り返ってみるのもいいかもしれません。




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