ここしばらくの奇跡を数える②

最終更新: 5月26日


8年前の雨の夕方に拾った猫は、あれからずっと当時の同僚と暮らしている(2019年6月、愛媛県宇和島市)

前回の記事では、ここ半月ほどの間に起きた、個人的には「奇跡」と思えるような体験たちについて、時系列的に書きました。


今回は、それらから得た学びや気付きを言葉にしていきたいと思います。長いです。



「しなければいけない」から「いるだけでよい」へ


前回と重なりますが、私の中で「する」から「いる」へのパラダイムシフトが起きています。


「する」は、私にとって「しなければならない」という意味ですらありました。


達成しなければならない。アクションしなければならない。


貢献しなければならない。救わなければならない。


端的に言うと、私は「自分は『いる』だけでは価値がない」というスキーマ(不適応的な信念)にもとづいて生きてきました。だから、常に何かを達成しようとするし、誰かを助けるときも、何か「し」ようとする。


前回書いた妻とのエピソードは、「あなたは『いる』だけで価値があるんだよ」というメッセージを、初めてストレートに受け取ったような体験でした。


私たちは「いる」だけで価値があるんだよ!



「いるだけでよい」は他者のためでもある


同時に、私は「余計なことをたくさんしてきたな・・・」ということを思いました。「いらんことしなくてよかったんや・・・」と思いました。


前回書いた「謝罪と赦し」の体験や、細川貂々さんの本に出てくる川村医師の言葉からも、同じことを学びました。


余計なことをしなくていいい。いるだけでよい。そのことが、しかし(むしろ)、助けになる。


思えば、オープンダイアローグも「いる」ことによる支援の一種ではなかったでしょうか。


「説得」や「議論」でうまくいかなかったことが、なぜ「対話」であるオープンダイアローグでは成功したのか。それは、自由な発言を許された結果、対話が継続し、当事者自身に変化を起こせる十分な時間と機会が保証されたからだ。

(出典:ひきこもり新聞「オープンダイアローグ体験記」


その人自身が自分で変化を起こすための、じゅうぶんな時間と機会が保証されること。そのためには、「支援者」は「する」のを控え、かと言って突き放すのではなく、ともに「いる」ことが必要。


妻の名言があります。


「たとえ答えが分かっていて、同じ答えになるとしても、私はそれを自分で出したい。」



「いる」系の支援を思い出す


思い返せば「いる」系の支援についてはこれまでも何度か出会っていました(腑に落ちていなかっただけで)。



↑これ、2003年ごろ(学生のころ)読んでたし、



↑これは2011年にべてるに行く道中で読んだし、



↑精神科ソーシャルワーカー(PSW)界隈では「関わり」という用語がありますが、これはPSWの専門性って「いる」だよね、という意味にもとれます。



↑これもおうちの本棚に挿さっていた。



なんで忘れていたんだろう。


さらにです。


「アンティシペーション・ダイアローグ(以下AD)」の研修初日、対話のエクササイズをするにあたり、講師から「ショートカットしないように」との助言がありました。


私は、この「ショートカット」という端的なワードを聞いたとき、「する」から「いる」へのパラダイムシフトが最終的に腑に落ちた感じがしました。


「いる」を実行できるかどうかは、また別問題なんですけど(訓練が要る)。



世界は不確実


AD研修の講師の言葉で、もうひとつ印象に残ったものがあります。それが「世界は不確実」です。


「オープンダイアローグ」や「アンティシペーション・ダイアローグ」の用語に、「不確実性への耐性」というのがあります。


平たく言うと「話がどこに行くのか分かんなくて微妙な空気になっても、あたふたしないで、そのまま進めてみることが大事」という意味です。


そもそも結末が分かっているような話はする必要がありませんからね。


ダイアローグ界隈の研修では、「不確実さ」に耐える(tolerance≒寛容でいる)ことの練習なのか、不明瞭な状況をそのままにして進めていくということが、時々あるように感じます。


しかし、私は以前からそのことに疑問がありました。それは「不確実な状況になることもありますよ、ということくらいは前もって伝えておいたほうが優しいのではないか」と思うからです。


不確実か何なのかさえ分からないような「不確実さ」は、耐えうる不確実さではなくて、単に恐怖や侵襲ではないか。そんなような思いが私にはありました。


私は今回、AD研修の全体をおおう空気に、何とも言えない重苦しさや不安を感じていました。そして、それらは講師陣の雰囲気や言動、関係性から来ているように思われました。研修以前に、この雰囲気をどうにかしたい。そう感じました。どうしてこの雰囲気の中で勉強しなきゃならないんだろう。新しいことを学ぶ、そのことだけでもじゅうぶん「不確実」なのに。


私は研修の「不確実」に感じられる運営や進行に、どの程度の意図があり、どういう事情からなのか、明らかにしようとしました。私の安全のために。


その疑問への講師の回答が、「世界は不確実」だったのです。「不確実さ」を最小化したい私に対し、それは不可能だし意味がない、というのが講師の見解でしょうか。


ここで、私は5月に受けた「オープンダイアローグトレーニング基礎コース」での体験を思い出しました。


このブログでは同トレーニングの受講レポートを書いていますが、その「体験」のことはまだ記事にしていません(たぶん、もう、そうすることはないと思います)。


その「体験」をひとことで言うと、「対話的であろうとする人たちすら対話的でなくなることがあり、そのことに気づいていないことさえある」ということを目の当たりにした衝撃、です。


私には、それが「トラウマ的な体験」の再現だったのです。


私の「トラウマ的な体験」とは「ダブルバインド」のことです。


愛していると言われながら、コントロールされる。


お前はダメだと言われながら、衣食住を保証される。


矛盾した2つのメッセージを同時に伝えられながら育つと、人は「安心」や「信頼」を学習できないまま社会に放り出されることになります。


『ドラゴンクエスト』で例えると、最初に会い「魔王を倒してこい」と命ずるところの、当の王様から呪いをかけられたまま、一人旅に出されるのです。


私はずっと「まともな親ならばダブルバインドをしないはずだ」と思っていました。


「対話的な世界を志向する人たちなら、対話的でないことはしないはずだ」とも。


そう、世界が完全ならば。


しかし、5月の東京で、私はダイアローグ仲間(と私が勝手に期待していた人たち)が、突如モノローグの世界に戻っていき、置き去りにされたように感じられる体験をしました。(※わたしの主観です)


そのときの私は「対話的な世界は対話的である」と期待していたため、それが裏切られたことにショックを受けました。


しかし、「世界は不確実」なのです。


親もダブルバインドをするし、ダイアローグ仲間だって24時間フルタイムでそうであるわけではありません。


それが他者性なのです。


「ああ、そっかぁ・・・」と、5月以降の私はようやく「世界は完全でない」ということを受け入れ始めました。あるいは、失われていた「完全な世界」のお葬式(喪の作業)を始めました。完全な世界は、死んでしまっていたのか・・・。


脳というのはおかしなことをするもので、頭の中では勝手にカーペンターズが流れます。” I know I asked perfection of the quite imperfect world......"



親(を投影した相手)との対話を体験できた


というわけで、私はAD研修の講師陣に自分の親の不安定さを投影した反応をしていたわけです。完全確実であることを期待して。


思えば私は、自分の親たちに「あなたたちは何故そうなのか」と尋ねたかった。子どものとき。たぶん。


それを、私は、目の前の講師陣に、代わりにぶつけたのです。


これまでもずっとそうでした。オープンダイアローグのトレーニングのときも、以前の職場でも、どこでもどこでも。集団があって、そこをコントロールする権威者がいるときは。


その「とばっちり」とも言える「答えなくてもいい質問」に、AD研修の講師陣は真正面から「応答」してくれました。


そこで語られた、受講生の知り得ない講師側の物語は、私には、まるで「子どもの知らない親の歴史」の話のように感じられました。


父と母はどうやって出会ったのか。


互いをどう思って結婚したのか。


この家庭をどのようにしていきたいのか。


それがうまくいっていると思っているのか。


講師陣の物語を聴きながら、私は「自分の親とこういうふうに話せたらよかったなあ」と、そんなふうに思いました。



不確実だから信じる


私の個人的な「症状」にも、講師陣は真摯に応答してくれました。これほどの「対話的」な姿勢があるでしょうか(私が親からほしかったものの一つです)。


このような投げかけをしてしまったときはいつも、私は「その場にいられなくなる覚悟」をします。実際そういうことが多かったからです(トラウマの再演というやつです)。


しかし、この対話の研修の場では、私は応答されこそすれ排除されませんでした(念のため書くと、オープンダイアローグのトレーニングでも最終的にみんなから応答していただきました)。


完全な世界は死んでしまった。親も講師も完全でない。しかし「対話」というものは、やはり信じられるかもしれない。私はそう感じました。


「信じる」というのも、やはり逆説です。確実なものは信じるまでもないのです。不確実なものを、不確実なまま信じる。そういうことに意味があるのだと思います。


5月以降、「完全な世界が死んだ世界線」を進んでいた私は、7月、「世界が完全でないのに排除されない」という、さらなる未知の世界線に足を踏み入れました。


「アンティシペーション・ダイアローグ」ファシリテーター養成研修、第2ブロックの2泊3日は、私にとって、そのような体験でした。




リカバリーは続く


AD研修での「治療的」な体験に加え、「赤ずきん本」を読んだことで、私は「ちょっとずつ不完全な世界に慣れていきたいな」と思うようにもなってきました。


「オープンダイアローグ」や「AD」の研修が、私にとってはそのような慣らし(エクスポージャー)の場なのかもしれない。対話の勉強の場だから「不確実性」は(ある程度)低減されているし(みんな対話的で、いい人ばっかりだもんね)。


これからは、その場が対話的かどうか「お試し行動」をしたり、過去を投影して再演したり、闘争-逃走反応をしたりするのをやめたい。


そうしてしまいそうな自分にマインドフルに気付いて、「赤ずきん本」にあるような対処を可能な限りリアルタイムで行いながら、「いま」に居続けたい。そしていつか「仲間」なんか作れたら最高だと思います。



いま


最後にまた「する」から「いる」へ、の話に戻るんですが、「いる」は難しいです。何を「し」て「い」たらいいんだろう、みたいになります。


今までは他者に何かしなければと思っていました。それをやめる。


かといって、ただ「いる」って、もう何か、即身仏みたい(笑)。


個人的には、「して+いる=している」みたいな感じかな、と思います。


このときの「する」は「他者に何かを」というより「自分のことを」という感じです。他動詞じゃなく自動詞みたいな。うまく言えないけど。


いい「ひきこもり方」(があるとすれば)について書こう書こうと思っていたのだけど、案外こういうことかもなあとも思います。


重要な他者から「いるだけでいい」と心から言われて、安心して、自分のためになることを「し」ながら「い」て、喜ばれる。猫みたいに。


(つづきます)



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