「オープンダイアローグ」トレーニングコース受講レポート②

最終更新: 5月26日


Kemiを拠点にトルニオとロヴァニエミに行った(2016年7月)

2019年5月3日から受講開始したODNJP主催の年間研修「オープンダイアローグトレーニング基礎コース(第2期)」の受講レポートです。


本記事は同トレーニングの第1ブロック第1クール2日目についてのものです。



他の日のレポートはこちら。



オタク系のイベントが重なっていて賑やかだった

この日の内的対話(ハイライト)


◆「怒り」が「悲しみ」に


初日のレポートでも書きましたが、私はこの日も、会場に集った多くの医療従事者を前に自分の「内的対話」が荒ぶっていくのを感じていました。言い換えると「怒り」が湧いてきたのです。


これは過去に感じた怒りの再燃です。目の前の人たちが原因や対象ではありません。


また、怒りは2次的な感情であり、おおもと(1次感情)は「悲しみ」です。「悲しみ」は「願い」が叶わなかったことから生じます。


ですから、「怒り」への対処は「1次感情の方をちゃんと感じること」になります。これは「あのとき願いが叶わなかったという事実を直視し、そのことを悲しむ」ということです。


私の「あのとき叶わなかった願い」とは、「社会的入院の解消について頑張っていたとき、一緒に戦ってくれる仲間が(もっと)ほしかった」ということです。


より精確に言うと「当時の職場全体で一致団結して社会的入院の解消というテーマに取り組みたかった」ということです。


もう少し突っ込んでいうと、実はこの「願い」も2次的なものです。


ほんとうの(1次的)な願いとは「家族がほしかった」「父や母や兄や妹と仲の良い家族でいたかった」ということなんですけど。


私はそれらの願いたちが叶わなかったことを、2019年5月4日の東京で、オープンダイアローグをともに学ぶために一堂に会した医療従事者たちを眺めながら、悲しんでいました。


「ああ、あのときこんな人たちがいてくれたらなあ。。。」


「あのとき、職場でこんな風になれていたらなあ。。。」


私は「怒り」が「悲しみ」に変わって(戻って)いくのを感じました。心の中は「悲しみを帯びた凪」になりました。それにともない、目の前の医療従事者たちが少しだけ「仲間」に見えているのも感じました。


考えてみれば(考えるのが好きなのです)、


あのとき=願いが叶わなかった、という等式が成り立つとしても、


あのとき≠いま、なので、


いま≠願いが叶わない という、単純な三段論法なのです(論理学的に成立しているか知りませんけど)。


私は「なあんだ、そっか」と拍子抜けしたような気になりました(こういう理屈っぽい説明の方が入りやすいことが私にはあります。)



◆悲しみを帯びた凪の後で


上記のような「荒ぶる内的対話」が「悲しみを帯びた凪」に変わったのは、ダイアローグのワークを重ねる中で、他の参加者にそれを聴いてもらえたからでもあります。


「どうしていまここ(研修の場)にいるのか」というテーマで「語る」「聴く」をし合うというワークがありました。


私に与えられたのは25分間で、3人の参加者(医師2名と看護師)が聴き手になってくれました。


私は「いやー、このテーマなら3時間は喋る自身がありますよー笑」などと言って話し始めました。


しかし、語り終わるまでにかかった時間は、たったの17分でした。


私は「あれ?」と思いました。あんなに語りたかったのに。聴いてほしかったのに。


語り終えた私には、悲しみを帯びた凪のような心が残されているのみでした。


もういちど燃え尽きた」ような感じもしました。


そのような心でオープンダイアローグのことを考えるのは初めてだったかもしれません。


私は、私の中のオープンダイアローグが悲しみとともにあるのを感じました。


10年前にこれがあれば、職場でもっとうまくやれていたのに。


30年前にこれができていれば、家族ともっと愛し合えたのに。


オープンダイアローグは「あのときこれが開発されていれば大切な人を失くさずに済んだ、特効薬かワクチン」みたいなものだな、と私は感じました。


しかし、「いま≠あのとき」なのです。「あのとき」はもう過去で、現在は「いま」なのです。


私は「いま」あるいは「これから」オープンダイアローグとどうしたいのだろう。


私は考えました。このトレーニングにおける私のモチベーションは何?


出てきたのは、以下のような言葉でした。


自分が対話的でいたい。ただそれだけ。いま大切な人たちと仲良く暮らすために。


そのためにこんなトレーニングに参加するなんて、なんとぜいたくな「趣味」なんだろうと思う自分がいました。



◆「ユニクロに来ていく服がない」人のために


上記のようなことを考え、ワークの中で聴いてもらううちに、私は少し異なることも口走るようにもなっていきました。


病院や相談センターなど「既存の相談先」につながりづらい人をそこまでつなげるようなことをしたい。


「相談のラストワンマイル」になりたい。


そんなことが口を突いて出たのでした。


これまでのキャリアの中で、当事者や家族から「専門職に分かってもらえなかった」という訴えを(何故か)たくさん聴いてきました(私も専門職なのに)。


そのたび、私の中の「当事者」の部分が胸を痛めてきました。


ネットスラングに「ユニクロに来ていく服がない」というのがあります。


これは、必要最低限のものを揃えるための場所に行くために、実際は「必要最低限のもの」が必要とされてしまっている、という意味です。


同様に、現在の相談支援や医療の現場では、「いい相談にするための力」が(困っているはずの)相談する側に必要とされてしまっているような気がします。それは「ユニクロに行くためにユニクロの服が要る」ようなものです。


それは、専門職による従来の「聞き方」がダイアローグ的ではないからだと思います。ダイアローグ的でない場では、相談者は「分かってほしいこと」ではなく「専門職が知りたいこと」を発話するように促されがちです。それをかいくぐって「分かってもらう」のは、なかなかできることではありません(当事者としての私はそういう難しい経験を何度もしました)。


私はオープンダイアローグを通じて「どうやったら相談に行けるかを相談できる相談員」になりたいと思いました。


そもそもそのような思いから「相談室おうち」を始めたということを、私はこのトレーニング中で初めて思い出したのでした。



◆イケメンレッド、ツンデレブルー


この日の夜には懇親会がありました。その際に、Aさんという方から、Bさんという人に助けられたという話を聞く機会がありました。


詳細は書きませんが、要するに、AさんがつらかったときBさんが「あなたがつらそうに見えるが、どうしていいか分からず私が不安である。私の不安の解消のために、あなたが何がつらいか教えてほしい」という旨のことを伝えたとのことでした。


Bさんのとった行動は「早期ダイアローグ」と呼ばれるものです。「早期ダイアローグ」は通常「お前の問題」とされがちなものを「私の心配」として捉え直す態度のことです。


(関連記事:「あなたの問題」を「わたしの不安」に言い換えよう


これは、理屈を分かっていてもなかなか実行できるものではありません。私は「早期ダイアローグ」的なことを正面からできてしまうBさんを「イケメンやなー」「戦隊ヒーローでいうとレッドやなー」と思いました(Bさんとお会いしましたが、本当にレッド感があります)。


他方で、私は「ツンデレ」になってしまいますので「俺はブルーかブラックやなー」と思いました。



◆(I am allowed to)take care of myself.


一日のトレーニングを終えるにあたり、フィンランド人講師(特にミアさん)は「Take care of youself(自分自身のケアをしてくださいね)」とおっしゃいます。


それを聴くたび、私は「目からウロコ」というか「え、いいんですか!?」という驚いた気持ちがします。


それは、「余力があってはいけない」「まだやれるだろ」「甘えるな」というような内なる声(内的対話、あるいは早期不適応スキーマ)ばかり聞いてきたからです。


もし本当に自分をいたわっていいのであれば、人生はどんなに楽な(楽だった)ことでしょう。


ミアさんは言います。自分の限界を知っておくことが大事。そうすれば、自分の中に「余白」や「余裕」がある状態をキープすることができます。それは支援(オープンダイアローグ)の場に、自分を守りながら、安全に臨むためでもあるのです。



◆その他


初日よりも不安感が弱まり、安心感が増えているのを感じました。「いまここ」にいる感じが増えているようにも感じます。




トルニオから歩いて国境をまたいでスウェーデン側の本場のIKEAに行ける


聴講メモ


この日はオープンダイアローグが現在の形をとるまでの歴史について、あらためて講義がありました。以下メモです。


(※主に英語を聴き取りながらのざっくりメモなので、間違っているところ多々ありと思われます。私の解釈もごちゃまぜにして書いてあります。)


・1950年代から60年代にかけて、統合失調症の患者が増えた。そんな中、オープンダイアローグ発祥の地である西ラップランドのケロプダス病院(精神科病院)も1961年に設立され、当時は160床ほどの入院ベッドがあった。60年代の終わりから70年代の初めにかけて、患者グループも作られるようになった。


・(病的な)システムを(中立的な)外部から観察して介入する(できる)という「第1世代サイバネティクス」の考え方が当時からあったが、それが第2世代の考え方に移行した。すなわち「No one can be outside of the system.(システムの外部にいられる者などいない。)」

治療者は治そうとしている対象(患者、家族)から中立とか独立とかしているわけではなく、その関係性の一員なのだという考え方。この「第2世代サイバネティクス」の考え方のもと、70年代から80年代にかけて家族療法が成功を収める。


・80年代に入り、ケロプダス病院でも「Something new(何か新しいことを)」ということで、ヤーコ・セイックラ(家族療法家でオープンダイアローグ開発の中心人物)らが「Needs Adapted Treatment(本人の必要に合わせてケアや支援を組み立てるやり方)」を導入。


・スローガンは「Listen what they need.(当事者や家族が何を必要としているか、聴こう。)」「Let's do the thing differently because it doesn't work.(今までと違うふうにやろう。だってうまくいってないんだから。」)


・1984年、ケロプダス病院では白衣の着用と「本人のいないところで本人のことを決める」ことを止めた。そして、治療方針を決める会議に家族を招くことを始めた。


・さらにヒエラルキーを取り除くことに努めた。なぜならヒエラルキーのあるところでは「People's own resources are not activated(関係者それぞれが持っている力や資源が発揮も活用もされない)」だから。


・そうして「今までと違うふうに」やった結果、入院は40%減少した。


・90年代に入り、ケロプダス病院のやり方は「オープンダイアローグ」と呼ばれるようになった。



その他印象に残ったフレーズ


meaning making


オープンダイアローグの対話性を支える思想としてよく聞かれるフレーズ。私は「意味が多様で豊かになるようにしていくこと」のようなニュアンスでとらえています。将棋にたとえると「局面を複雑にするような手を指す」ということではないかと思います。対義語は「結論」「アセスメント」「共通理解」など「ひとつに収斂した意味」ではないかと思います。


ダイアローグでは意味を多様にしていくことが重要です。meaning making な聴き方、話し方、空間づくりなどを心がけたいです。



Listen what people say, not what they mean.


個人的には「どんな意味か、ではなくて、発せられた言葉そのものを聴け」というくらいにとらえたいです。「意味」を聴くとmeaning makingではなくなりますし、こちらの解釈が加わりますし、とにかく多様性から離れてしまいます。


「言葉そのものを聴く」がまだ私は体感的につかめていません。



Be curious about clients' interest.


「本人が何に関心があるかに関心を持て」くらいの意味ではないでしょうか。洋服に喩えると「Needs Adapted Treatment」は「テーラーメイド」です。さらに、もしかしたら、本人が「プリンを食べたい」と言ったら洋服屋がプリンを作ってしまうかもしれません。


他方で私たちは「聞いているこちら側の関心」への関心が高く、そのために「こちらの聞きたいこと」を聞きがちです。


これは「どうしたらうちの在庫でコーディネートできるか」という発想です。本人が「プリンを食べたい」などと言おうものなら、「うちは洋服屋だ、喫茶店へ行け」ということになります(ひきこもりのご家族の「たらい回され感」はこの辺から来ていそうな印象)。



How can I increase the desire of client to talk?


「どうしたら相談者に『もっと話したい』と思ってもらえるだろうか?」ということを考えましょう、ということだと思います。従来の相談はだいたい、「ひとつの意味」を確定させて相談を終えることを目標に始まるような気がしますが、それとは反対ですね。



celebrating differences


「違ったり異なったりしているということは、いいことなんだよ」という感じでしょうか。要は「みんなちがって、みんないい」。これもまた、日本社会で私たちが晒されている感覚と反対のような気がします。これを素で信じられるようになればどんなにいいだろう。



not symphony, but polyphony


この日の夕方にやってきた斎藤環さんのご挨拶から。直訳すると「一音ではなく多音」「交響曲ではなく多声部音楽」なんですけど、私は「空気は読まなくていい」くらいの意味でとらえています。


思い出されるのは「サラダボウル」という言葉です。これはアメリカの多民族性・多様性をいろいろな野菜から成るサラダにたとえたものですが、「でもサラダってひとつの全体じゃん」というツッコミもできます。サラダボウルはポリフォニー的ではない。


「ポリフォニー」にも「シンフォニー」にもいろいろな楽器がありますが、「ポリフォニー」は「調和」「全体性」「統一性」を気にしないというところが命なのだと思います。



どのような応答が相手の語りを促す/閉ざすのか


オープンダイアローグに「技術」的なところがあるとすれば、このあたりではないかと思われますが、難しく、また素敵だなと思うのは、これを単純に「技術」ととらえて実行すると、相手の語りが閉じるところだと思います。そういう「腹芸」は伝わってしまうのです。

真摯さを磨く、みたいなことなのだと思います。



つづきます


長くなりましたが、読んでいただいてありがとうございます。


これを書いている時点で、本トレーニングは第1ブロック(2クール6日間)を終了しています。


終わったのは昨日で、ものすごいことが起きたので、その体験をすぐにでも書きたいのですが、順番に書いていかないと訳がわからなくなりそうなので、がんばって日にち順に書いています。


ちょっとだけ書いちゃうと、私がずっと怖かった「他者性」とは「ダブルバインド」のことだったんだなあという気付きがありました。





関連記事を読む:私自身がオープンダイアローグを利用した話


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